*ルークと薬と収穫祭1の続きです。
「ふぃあ~、ふぉれうふぁいふぁ~(ティア~、これうまいな~)」
「そうね。でも、口に物を入れたまま話すのはお行儀が悪いのよ?ちゃんと飲みこんで、ね?(ああああぁぁ!かわいいかわいいかわいいかわいい以下略)」
「もぐもぐもぐ(こくり)」
ここはルークの私室。部屋に備え付けの来客用ソファに腰を下ろし、口いっぱいに彼の好物であるチキンサンドを頬張りながら満面の笑顔で言う子供に対し、ガイは頭痛がしているかのように頭を抱えた。子供の隣にはティアが座り、甲斐甲斐しく面倒を見ている。注意しながらもどことなくうれしそうで、子供を見る目が可愛い愛玩動物を見つめているかのような目つきで若干潤んでいるのは気のせいではないだろう。心なしか胸の前に組んだ手もぷるぷると震えている。
「ティア?」
そんなティアに対して不思議に思ったのか子供が上目遣いに小首を傾げた。
「・・・っ!ルーク、やっぱりかわいいわっ!!!!///」
「むぎゅぅう・・・」
がばっといきなり抱きすくめられた子供-ルーク-は、ティアの胸に押しつぶされて目を回していた。
「ティア、ルークがつぶれてるから・・・」
「あ。ご、ごめんなさい(汗)」
すかさずガイがフォローを入れたおかげで、愛する女性に抱き絞殺されるという死因からは逃れられたルークだが、ちょっとぐったりとしていた。
「それにしても旦那。ルークのこの姿、ちゃんと元通りに戻るんだろうな?」
「えぇ、まさかあの薬にこの様な副作用があるとは思いませんでしたが、効果は一時的なものでしょうから心配はいらないでしょう。おそらく長くても1週間ほどで戻りますよ。」
元々は滋養強壮と若返り効果のあるお薬ですからね。そう言ってティアの正面に座って優雅に食後のコーヒーを啜るジェイドを見て、ガイは深いため息を吐いた。
「本当にティアがいてくれて助かったよ。俺だけじゃ子供用品そろえるのは大変だからな」
「そうね。ルークを見たときはちょっと驚いたけれど」
ティアの横でまた無心にチキンサンドを頬張っているルークは、現在7歳ほどの子供の姿だ。検査したジェイド曰く、今までの記憶はちゃんとあるらしいが、精神が外見通り7歳くらいまで後退してしまっているらしい。常から子供っぽいところのあるルークではあったが、今は言動からして本物の7歳児と化している。何故こうなってしまったかというと、話は1時間前に遡り・・・。
ジェイドを昼飯に誘おうとのレプリカ保護育成施設にルークと共に立ち寄ったガイは、ジェイドを呼びに実験室に向かったルークが、室内で突然体が発光し苦しみだしたのを窓の外から目撃し、急いで実験室に駆け込んだのだが・・・。
「ルーク!ジェイド!!」
実験室に着いた時には目がくらむほどの光は収まっており、日ごろ目にすることのない珍しく焦った表情のジェイドが窓辺で自分の足元を見つめて立ち尽くしていた。ガイの位置からでは台の陰になっていてジェイドの足元は見えない。が、窓から見たときには確かにジェイドの隣に立っていたはずのルークの姿はそこにはなく、もしかして以前の旅の時の様にフォニム乖離が起こったのでは?!と嫌な予感にかられ焦燥を顕わにしたガイはジェイドに詰め寄った。
「ジェイド!!ルークは一体どこに行ったんだ!?」
何も答えず床の一点を凝視し続けるジェイドを不審に思い、台を迂回してジェイドの正面に回り込むと。
「あ。ガイだー!」
ジェイドの視線の先には、床の上にルークの普段着である白いコートやら黒のズボンが落ちており。その上に今はだぼだぼになってしまった黒のインナーを、ちょうどワンピースのようにして着た7歳くらいの赤毛の子供がちょこんと座っていた。あまりにも見覚えのあるその小さな幼い顔に収まった、翡翠の丸くて大きい目がこちらをうれしそうに見上げている。
「る、るぅぅううくぅううううううう?!!」
ガイの叫びにも動じずに、「よいしょ」という掛け声とともに立ち上がると、小さなルークはにこにこしながらガイの足にパフッとしがみついてきた。そんなルークの様子を見て一瞬気が遠くなりかけたガイの反応はおそらく正常だっただろう。
あの後、ジェイドの提案で縮んだルークを抱きかかえて塔内のルークの私室に向かったガイ達は、収穫祭の打ち合わせでレムの塔を訪れていたティアとばったり出会い。驚くティアに事情を話すと、意外と冷静だった彼女が街で子供服やらを急いで買いそろえてくれて、現在今後の話し合いも含めた遅めの昼食会となっていた。
「それにしても、困ったな。明後日には非公式な内輪の事とはいえ、収穫祭に合わせてマルクトでパーティーがあるってのに、ルーク本人がこの状態じゃ・・・」
「そうですね。まぁ、なんとかなるのではありませんか?」
「旦那。そんな無責任な・・・」
「ガイが今言った通り、今回の集まりは内輪だけの簡単なものです。公式な衆目のある場ならともかくも、事が世間に露呈する心配はありませんし。もしもの時のルークの身辺警護は私たちもすれば滅多な事にはならないでしょう」
元々、各国の重要人物が集まるのですから警備は万全ですしね。そう言われてしまえば他に言うべきこともなく。
「俺もパーティーいきたい!」
「そうね。楽しみねルークw」
と目をきらきらさせているルークと、別の意味で目をきらきらさせているティアを見てガイは結局折れた。今も昔もルークには甘いガイであった。
あれから二日経ち、ここはマルクトの首都グランコクマ。その首都の最奥に位置するグランコクマ宮殿内にこの日のために用意された貴賓室には、今各国から訪れた重要人物達が集まっていた。キムラスカからは次期国王のアッシュとその婚約者であるナタリアが。マルクトからはピオニー皇帝陛下その人と護衛としてジェイド、ガイが。そして、ダアトからはテオドーロ氏の名代であるティアと、トリトハイム大詠師の名代としてアニスが参加している。首脳の集まりとはいうが、実際は旅の仲間たちの久々の顔合わせの様なものだった。夜のパーティーまでの時間を潰す名目で開かれた茶会は終始和やかなムードで進行し・・・ているはずだったのだが実際はそうもいかず。えらくご機嫌麗しい様子で上座の椅子に座るピオニー皇帝陛下の膝の上で、ルークは借りてきた猫のように縮こまっていた。心なしかぐったりと疲れたような表情をしているのは気のせいではないだろう。そんなルークと彼にべったりな皇帝陛下の様子を見ていたアッシュの額には、これでもかと青筋が浮かび、眉間の皺は過去最深記録を更新するほど深くなっていた。ナタリアが宥めているが、アッシュの怒りは収まりそうもなく、そんな彼の視線に射すくめられたガイは生きた心地がしなかった。
「・・・ガイ。何故屑があんなことになっている・・・?!」
レムの街での屑の保護者兼監督者はてめぇと眼鏡だろうが?!と言外に含ませた物言いでガイを睨みつけるアッシュ。
「いや、ちゃんと手紙でも説明した通り、ジェイドの薬のせいなんだが・・・(汗)」
実は事件の後、余計な混乱を防ぐために今回集まるメンバーには事情を知らせるための緊急の手紙を出していたガイであったが。これって俺が悪いのか?激しく不本意なのだが・・・。そんな言い分がこのメンバー内で通用するはずもなく。ガイは項垂れた。
「相変わらず大佐っていろんなもの作ってますよね~。さすがに縮んだルーク見たときは私も驚きましたよ~♪」
そう言ったのは紅茶と茶菓子を片手にジェイドの隣でくつろぐアニス。視線は面白いものでも見るかのように皇帝の膝の上のルークに向かっている。そんなアニスを見てジェイドもにっこりと笑う。
「そうですか?ちょっとした若返り効果と書いてはありましたが、私もまさかルークが縮むとは思っていませんでしたので。やはり創世暦時代の書物というのは非常に興味深いですね~w」
ふふふ、と眼鏡を光らせて笑うジェイドにアニスは身震いした。このおっさんだけは絶対敵にまわしたくないと切実に思う。そんな中、ついにアッシュの堪忍袋の緒が切れたようで、おもむろに立ち上がるとつかつかと皇帝の傍に歩み寄った。何事かと見守るメンバーの前で、アッシュはそのままの勢いで皇帝の膝の上でむずがっているルークの首根っこを掴んで引っ張り上げた。
「おい屑!お前もなにいつまでべたべたと触られてやがる!!」
「なんだー?アッシュ。お前もルークを構いたかったのか?そうならそうと素直に言えば返してやったのに。な~、ルーク♪」
自らの腕の中からお気に入りがいなくなったことで少し寂しそうにしていた皇帝陛下であったが、代わりのおもちゃを見つけたようで早速からかいだした。
「駄目ですよ陛下。アッシュはツンデレですからw素直に構いたいなんて言えませんよ~」
「そうかそうか。ツンデレというのも大変だなアッシュ!」
「なっ!?」
ピオニー皇帝とジェイドにアッシュが舌戦で勝てるわけもなく。
「私も小さいルーク抱っこしてみたいー!」
「わ、私も・・・///」
そう言って皇帝の言葉に固まったアッシュの腕からルークを奪い取ったのはアニス。ティアもその横でそわそわしている。自分より年下のアニスに手を上げるわけにもいかず、結局怒りの矛先はルークに向かうわけで。
「・・・っ!この屑がぁぁあああっ!!」
アッシュの一喝にいつものルークなら「俺は悪くぬぇえ!」と言い返していたのだろうが、今は本当に精神年齢7歳まで後退しているため言い返せるだけの余裕はなく、大きな翡翠の目は涙で潤み決壊寸前だった。
「屑じゃぬぇーもん・・・ひっく・・・・」
「うっ・・・(汗)」
いつもとは違う反応にさすがのアッシュもまずかったかと思ったが時既に遅し。ルークの目からは大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちた。周りからは「あーぁ、自分より小さい子泣かせたよこの大人げないデコ」という非難の視線が集中する。
「あー!アッシュがルークを泣かせた~♪」
「子供を泣かせるのは良くないと思うわ。アッシュ」
「アッシュ。今のはさすがにかわいそうですわよ?ルークにちゃんと謝ってくださいませ」
すかさず入った女性陣からの非難に加え、とどめのナタリアの一言にアッシュは気圧されて、今にも泣きそうなルークを見下ろして不満そうな顔でおずおずと声をかけた。
「おい、くz・・・・・・・ルーク。・・・その、すまな・・」
ゲシッ。
アッシュが皆まで言い終わる前に、アニスの腕の中から逃れたルークは、アッシュの向う脛を力いっぱい蹴りあげるとドアから外へ一目散に駆けて行った。
「っっっっっ!!!???」
予想外の一撃に、アッシュは脛を押さえてその場に蹲った。そんなアッシュを横目に、うるうる涙目で振り返ったルークは、
「アッシュの馬鹿!若ハゲ!!もうアッシュなんか知らない!!!」
アッシュにとっては聞き捨てならない暴言を吐いて走り去った。室内の他のメンバーは一瞬唖然としたものの、何が起こったかを理解した途端に、それぞれ噴き出すのを必死にこらえている。
「・・・人が下手にでてやればぁんの糞餓鬼がぁぁあああああっ!!待ちやがれっ屑っ!!!」
アッシュも我に返ってそう叫ぶや否や、遅ればせながらルークを追って部屋を駆けだしていった。二人が出て行った後の部屋では、ついに押さえきれなくなったのかピオニー皇帝が笑いだした。
「ふはははは。「若ハゲ」は良かったな!やはりあいつらは見ていて飽きない!!」
「陛下。アッシュの前でそれは言わないでくださいね。国交問題になりますので」
ジェイドが軽く釘をさすがピオニーにこたえた様子はなく、いまだ楽しそうに笑っている。
「小さい子供は素直だからな~。といっても、ルークは実年齢はまだ10歳だから、もとから子供か。アッシュも一応成人はしてるんだし、むきになってなきゃいいんだが・・・」
「普段からアッシュに言い込められてうじうじしてるから、日ごろの鬱憤が出たのかもね~♪あのルークがアッシュを蹴ってしかも言い返すなんてさw」
「もう。笑い事じゃありませんわよ、アニス。でも、ガイの言うとおり、ルークも今は小さいですし、アッシュは根はやさしいですからきっとひどいようにはしないと思いますわ」
「そうね。それに今のルークとアッシュは歳が離れた兄弟のようね。見ていて微笑ましかったわ」
「なぁ、思ったんだが・・・。二人を捜しに行かなくてもいいのかい?ルークはともかく、アッシュは宮殿内の構図はあまり詳しくないんじゃ・・・?」
「大丈夫よ。あの二人なら。ガイは心配しすぎよ」
「そ、そうかな・・・?」
二人の赤毛がいなくなった室内では未だ和やかなお茶会ムードが漂っていた。時折遠くの方で「屑!ひよこ頭!!劣化レプリカ!!!」「デコ!オカメインコ!!M字ハゲ!!!」「誰がハゲだあああああっ!!!」と同次元で言い争う大小同位体達の声が聞こえてきたが、室内のメンバーは概ね好意的にその流れを見守っていたのだった。
PR
COMMENT